2019/12/23 あかちゃんの体

昨晩、遅かったので、朝眠いかと思ったらそうでもない。でかける準備をして、遠回りして駅まで景色のいい道を選ぶ。 あたたかく、気持ちいい。 一件、とある事務処理をすませなくてはならず、某所による。 半年くらいかけて動いていたことの一端の区切りのはずだったのだけど、 トラブル発生。

あれ? なんだこれ。

嫌な感情がぶつかってくる感覚。衝撃をよけようとするが、できなくて、体がきゅーと固まる。しまった。やばい。 とにかく用事をすませて、何か硬いものを抱えたまま電車に揺られる。いかん。

今日は体をメンテナンスする日なのだ。このところ定期的にボディワークを受けている。 慢性的な肩凝りや首凝り、姿勢の悪さや、頭痛、目と耳の痛み。 体をとにかくこのアタリで何とかしたい。 マッサージとはまったく異なるこのボディワークが効いたら、と祈るような気持ちで挑んでいる。ボディワークといいつつ、自分の心身を整えていかないと何も感じられないような微細なセッションなのだ。 とにかく気持ちを落ち着けようと施術前にカフェに入る。お腹を満たしてから立ち上がると、そこに赤ちゃんがベビーカーに乗ったままばんざーいをして寝ていた。

ばんざーい。

それはなんとも完璧な美しく愛らしいばんざーいだった。自分が子育てをしていたとき(今もしているけど、もっともっと子どもたちが小さかったとき)には、そのばんざいじかんは、ただただ自分に与えられたわずかな休息でしかなかったのだけど、10年も経ってみると、もうそれはそれは見事なばんざいだ。いつまでも眺めていたいし、自然に笑顔も漏れる。

「かわいいですね」とおしゃれなカフェでおしゃれなママに言うと、ちょうどわずかな休息時間にパンを頬張ったママは、少し戸惑ったようにふふと笑いながらうなずいた。ごめんね、わずかな休息時間を奪って。かわいいだけじゃすまないよね。でもいいママだろうな、この人は。 体の中のこわばったものが、ふわーと少し緩む。あれ、わたし大丈夫かも、と思う。


その後、施術を受ける。といっても相変わらず足首やらを触るような触ってないような。 こちらは寝ているような寝ていないような、ふしぎな時間。しかし起き上がってみると、体があちこち違う形になっている。 終わってみるとこわばったものは、もうどこかへ消えていた。 激しいタッチも対話もほぼなしの時間なのだけど、この日は、セラピストと体や心の反応について少し話しをする。強い感情にひっぱられたときそれをどう逃せばいいのかわからない、体もこわばる。と来るまでに起きた現象について話す。でも、赤ちゃんを見てちょっとほっとした、と話すと、「ああ、そうそう」と言う。 「感情はもちろんあるけど、そこに焦点を当てないで、赤ちゃんの領域にシンクロするといいんですよ」 言っていることがわかるような、わからないような。でもわかるような。体はいつも赤ちゃんのようになれる。かつてはわたしも赤ちゃんだったのだ。 苦々しい感情に襲われたら、そうか、ばんざーいを、思いだせばいいのか。できるかわからないけれど、ぼーっとした頭でまた電車に揺られて家に戻る。

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