誰かの大切な人になりたい


小学校生活にも慣れてきた娘には、大好きな女の子が一人いる。

仲のいい子は他にもいるのだけれど、そのある女の子のことがとにかく大好きで、

一緒に遊べたらとっても嬉しくて、幸せらしい。

かわいいキラキラしたものを見つけたら、その子にあげたくなる。

その子からもらったかわいいキラキラしたものは、もれなく宝箱に入れる、みたいな。

でも、最近、その子がつれないらしい。

そのことを夕食時にいかにも切なそうに話していた。

「おとといのまえくらいから、あの子は別の子がいいみたい。その子が話したことなら笑うけど、 わたしとはあんまり一緒にあそびたくないみたい」

どこまでがどうで、どうなのか。わからない。でも。

「でも、だったら別の子と仲良くしたらいいんじゃない? AちゃんとかBちゃんとかCちゃんとか。いっぱいいるでしょ。仲がいい子は。」

そう言ってみても、やっぱりどうして、あの子と仲良く遊びたいのだ、娘は。

わかる。そういう感じ、昔、自分にもあった。しかし、小学校1年生にして、この女子的世界はめんどくさいの一言である。

仲良くなったり、小さな目に見えないいじわるをされたり、したり。気がつかないうちに離れてくっついたり。

そういう世界から抜け出たら、なんだこんなことか、と思うようになってからは

誰かを好きになることも、距離を置くこともぐんと楽になった。

でも、わかる。娘は誰かの大切な人になりたいのだ。多分。

大切に思う誰かの大切な人になりたい、と。誰だってきっとそう思う。

友達だったり恋人だったり、家族だったり。

片思いはいつだって、つらい。

「でも、一番大事なのは、はーちゃんがはーちゃんを大切にすることだから」

と、わたしは、わかったような、わからないような顔をしている子どもたちに言ってみる。

だって、もう、あなたは誰かの本当に本当に大切な人なのだから、と。


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