誰のためにがんばる?


保育園生活最後のお遊戯会のため、日々練習に励む娘。

うちの子が通っている園は、お遊戯会といっても

クラシックの大合奏や、自分たちでストーリーから考えるミュージカルをするなど

かなり高度な発表会を行うのです。そのための練習が昨年末からずっと続いていました。

いや、ほんと、自由な6歳児をまとめ上げる先生たちには頭が下がります。

新しい歌を覚えたり、美しい音が出る本物の楽器(娘はグロッケン担当!)に触れたり

娘もすごく楽しそうにやっていたのですが、一方で、練習が重なってくると、

「疲れた」「もう練習嫌だ」「私だけ上手にできない・・・」というようになりました。

「そっかー、じゃあ休む?」「完璧にできなくてもいいよ」などと

つい言ってしまう私。

優しく辛抱強く指導してくれる先生には心の底から感謝しかないんですが、

その反面、つらいならがんばらなくていいんじゃない? と思ってしまう。

娘は自分に似てるなーと思うのです。

私自身、なんでも上手にやらなきゃと思って、子どもの頃は特にやってきたように思うのです。

上手にできたね、と言われれば嬉しいけどそれ以上に、失敗できない!と思い、

あ、今のちょっと・・・と言われれば、わーんどうしよう!と焦る。

このネガティブは大人になった今も健在で、このメンタルを飼い慣らすために、

お恥ずかしながらいまだに模索中。

誰かの期待に応えるためじゃなく、自分がやりたいとか面白いとか思うことをただやる、

ということが、難しい。

(いや、いつも自分の好き勝手やってるじゃん、という声も多々あるのはわかってますが・・・)

でも娘には自分にはない、キラキラした個性があるな、と思うのです。日々の生活の中で楽しい時間を創り出す才能が。子どもはみんな持ってるけど、それがとてもキラッときらめいてる(*親バカ&プリキュア用語)のです。

そのキラキラル🌟(*プリキュア用語)を、誰かにあげること優先で使って欲しくないなあと思うのです。

語弊があるかもしれないし、誤解を生むかもしれないけど、

キラキラルはまず自分に使うためにあるんだと思う。

もしそれが、周りの人を何かちょっと幸せにできたらラッキーだねってことなんじゃないか。

ha-haとしては、そんな気持ちでした。

そんな葛藤を抱えつつ、どう伝えていいかわからず、「まあ、楽しんでやりなよ」「練習大変だねぇ」「頑張れてよかったじゃない?」「あとちょっと!」などとそれなりに応援もしてたんですが……、今朝。

「明日は、自分のためにがんばるよ」

と言った娘。どうやら教室で先生が、「本番に向けて頑張る意気込み」を聞いたときにそう言ったらしいのです。

先生は驚いて「自分のためってどういう気持ち?」と聞いたそうですが、それにはうまく答えられなかった様子。

この発言もまた、私の期待を感じ取ってる、とも言えるかもしれないけれど、

それでも、今朝、自分のためにがんばるんだ!と言葉にして言ったことで、ずいぶん顔が晴れやかになっていました。

「お母さんに喜んでほしい」

「家族にかっこいい姿を見てほしい」

そんなふうに思うがんばりも、それもまた、いいと思うのです。本当に。

でも、「自分のために頑張る」ならそれがやっぱり、一番じゃないか、一番この子にあってるじゃないか、と。

ha-haは思うのです。


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