• Facebook Social Icon
  • Twitter Social Icon
  • Instagram Social Icon

© 2019 by Yasuko Tamaiko

ha-ha story

生まれ持った個性が違うからこそ、子どもはおもしろい。
​川内有緒さん、新谷比佐さん

「この人は、どんな子育てをしているんだろう?」「どんなha-haに育てられたんだろう?」
  佇まいが軽やかで自由な風が周りに吹いているような人に出会うと、時々、そんなふうについ聞いてみたくなります。

 

 私にとって、ノンフィクション作家の川内有緒さんはそのひとり。『パリでメシを食う。』(幻冬舎)、『パリの国連で夢を食う。』(幻冬舎文庫)『バウルを探して~地球の片隅に伝わる秘密の歌~』(幻冬舎、第33回新田次郎文学賞受賞作)、『晴れたら空に骨まいて』(ポプラ社)など、川内さんの文章はいつも胸がすーっとするような軽やな空気感を運んでくれます。日々出会う偶然を楽しみながらも、自分の直感を信じて新しい道を進み、出会う人たちと芯のところから奏でられる言葉をスルスルと紡いでいく、そんな川内さんご本人もまた、好奇心旺盛でまっすぐな瞳の奥に、自由さをいつも持っている素敵な女性です。

  

 そんな川内さんにha-haになってどんなふうに子育てをしているのか、良い母親ってなんなのか、改めて聞いてみたくなって、今回、川内さんのお母さんが運営されている「gallery and shop 山小屋」でお話を聞きました。当日は、お母さんの新谷比佐さんも一緒に質問に答えてくださいました。自分らしい育児ってなんでしょう? 良い母ってなんでしょう? そんな青いha-haの問いに、人生の先輩たちはこんなふうに軽やかに答えてくれました。 

42歳での初産は
不安でいっぱいだった。

——今日はありがとうございます。お母様にもお時間をとっていただいて。川内さんが2014年に『AERA with Baby』(朝日新聞出版:当時筆者が編集に携わっていた)に寄稿してくださった原稿を読み直して、懐かしくお嬢さんの誕生を思い起こしていました。当時は、出産直後の喜びと同時に「ちゃんと育てられるかな」という不安な気持ちを率直に書いてくださっていましたよね。

川内有緒さん(以下、川内さん)ーー早いですね。今娘はもう3歳です。保育園に元気に通って、おかげさまで家族みんなからすごく愛されて育っています。私と夫はもちろん、母や私の妹にも、保育園の先生方にも。だから、あの時の不安な気持ちは、いつの間にか無くなってますね。 

不安の絶頂は、娘が生まれる前でした。通っていた産院では

検診のたびに、週数より赤ちゃんが小さい、とか首のうしろに

むくみがあるとか、お腹がはりすぎているとか、毎回色々なこ

とを指摘されていて……状況を把握するのは大切なことだけれ

ど、ただでさえ神経過敏な状態なので、検診後はぐったり疲れてしまって。気分はジェットコースターのようでした。それに友人たちからは、産後がいかに大変か、という話ばかり聞いていて(笑)、

——生まれたら大変だよとか、眠れないよ、とか。

川内さんーーそう子育ての楽しさの前に、いかに大変かという話が必ず入ってくるから。両親学級に行けば看護師や助産師さんまでが「1日赤ちゃんは平均15回おっぱいを飲みます。1回に30分から45分かかります」って言うものだから、「そんなに?!」って不安のどん底に突き落とされましたよ(笑)。

ーー妊娠中は、不安になりますよね。お産も大変だったんですよね。

川内さんーーそうですね。破水から出産まで3日間かかりました。途中で赤ちゃんが降りてこなくなり、最後は帝王切開に急遽切り替えるなど、やたら大変なお産で、最後までちゃんと生まれてきてくるのか心配でしかたがなかったですね。

 
周りのみんなが娘を育ててくれている。

ノンフィクション作家の川内有緒さん(左)とお母さまの新谷比佐さん(右)。恵比寿のギャラリー山小屋にて。

ーーでも本当に良かったです。無事、生まれてきてくれて。産後はどのような感じでしたか?

川内さんーー42歳で初めての子を出産したのですが、ずっと好きなように生きてきて、好きな時間に寝て好きな時間に起きるという生活だったから、ちゃんと母親ができないんじゃないかっていう心配はありましたね。そして、実際、ちゃんとできてなかったです(笑)

新谷比佐さん(以下、比佐さん) 産後すぐはうちに来て、みんなで育ててたよね。

ーーご実家が、川内さんのご自宅に近いんですよね。

川内さんーーそうです。母と妹のサチコが暮らしている小ぶりのマンションに、夫も含めうちの家族が3人が押しかけて寝泊りましていました。ぎゅうぎゅうで。妹なんて、今でもそうですが私より娘に首ったけでしたね。夫も輪をかけて娘を溺愛していて。母も色々と指導してくれました。足が冷えるからダメとか、お風呂の入れ方がダメ、とか、小うるさく(笑)。おおらかな感じに見えて意外と細かいんです。

比佐さんーー「子どもは手をかるよりほっておく方がよく育つ」というのがこの子達の父親の考えだったから、娘たちは割とほったらかしだったんだけど。孫は何かそうはいかないですね。気になって。

川内さんーー結構、孫には過保護でした)笑)。母、夫、妹が娘に対して過保護3人組で、私はどちらかというとその3人を見守る立ち位置にいますね、今も。

ーー近くにご実家があってサポートが多いということは本当に恵まれていますよね。川内さんにとっても、お嬢さんにとってもいいことだと思います。

川内さん 本当にそうですね。よくワンオペ育児、というけれど、そういうことをされている方の大変さは私には想像もつかない。本当にすごいと思う。

比佐さんーーあなたの場合は、お友だちもよく面倒を見てくれるしね。

川内さん そうそう、先日も、妹や独身の友人たちと旅行に行って、みんなが娘を代わる代わる抱っこしてくれるから、宿の人に、最後まで誰がお母さんかわからなかったって言われました。娘も可愛がってくれる人がたくさんいる場所では、「ママあっち行ってて」なんて言うから、私は「じゃあ、隅っこで本読んでるね」って(笑)。

比佐さんーー一番お母さんらしくない人がお母さんなのね。でもそれでいいのよ。それくらいの余裕を持って育てられたら、一番いいと思いう。おかげであの子は、社交的だし。いろんな子育てがあるからね。子どももね、いろんな子がいるから。

子どもの気質によって子育ての大変さは変わる。

——周りの人の力を上手に借りて楽しく子育てされているのが、また川内さんらしい子育てで素敵だなぁと感じます。でもまさに、比佐さんがおっしゃるように、子どもの性格や気質や、健康状態によって、母としての向き合い方は変えざるをえないところはあるのかな、と。私自身、2人の子どもを育てていてそれは思います。同じように育てたいとは思っているけれど……。

比佐さんーー大変さは全く違うわよね。同じように育てているのに、個性も大変さも全然違う。うちの娘たちもそうでした。それは親の接し方ということではないと思うの。

川内さんーー完全に個人差だよね。母の話を聞いているとそう思います。母は、「一人目の育児は楽だったのに、二人目で大変さを知った」って言うんですよ。

——妹のサチコさんですか? 私も知っていて、とても魅力的は方ですが、確かに有緒さんとはタイプが違う感じがするかもしれませんね。アーティスティックでもう少しシャープな印象で。

比佐さんーーそうね、子どもの頃から。例えばこのこは割と大人しくて、小さいうちから一緒に旅行も連れて行けたけど、妹のサチコは全然ダメでしたね。どこに行くのでもそうで、よく癇癪を起こしてね。「あっちあっち!」ってあちこち連れて行けっていうんですよ。

川内さんーーああ、それ私も覚えてます。妹がまだ1歳か2歳くらいのときかな。旅行中の新幹線で「助けて~!」って泣き叫んでいたのね。母は頑張って抱っこしたり、通路に出たりしていたけど、妹は「帰りたい、帰りたい!」って。私は6歳くらいだったけれど、子どもながらに、「大変だなぁ」と思っていました。と言いつつ、一人でゆっくりしていたんだけど(笑)。

——さすが、どんと構えていますね(笑)。でもそういうふうに、子どもが泣いたり癇癪を起こすことが多いと、つい何がいけないのかな、自分の接し方がいけないのかと悩んでしまいます、私は。

比佐さんーー泣いていると「どうしよう」って思いますよね。好きなだけ泣かしていていいわけではないし。お母さんは、大変ですよ。例えば幼稚園にだってお姉ちゃんは休まず行っていたけど、サチコは泣いて嫌がっていた。きむずかしやで、昔の写真見てもいつも難しい顔をしていたし。ずっと反抗期みたいなものでしたね(笑)。でも何にでもすごくこだわりが強いということは、言いかえれば、考えがあるということでしょう? 

子どもはそれぞれ違うからこそ、おもしろい。

川内さん それは、そう。私は子どもの頃、あまりいろいろなことに疑問を覚えるタイプじゃなかったんです。その点、サチコは何についても自分の考えがしっかりしていた。幼稚園から高校生までずっとパーマをかけていたり、ランドセルも「赤なんてイヤ」って当時は珍しい茶色にして。みんなにからかわれても全然平気だった。自分の好きなものをはっきり持った人で、妹ながらに面白い人だなって思っていましたね。

——サチコさんはデザインやイベントをプロデュースしたり、アートに関わる仕事をされています。そしていいと思った作家や作品への愛情がすごく強いですよね。川内さんの初めてのエッセイを編集者に売り込んで、『パリでメシを食う。』の出版に繋いだのもサチコさんなんですよね。

川内さんーーそうなんです。つまり、自信があるということじゃないですか。自分が信じるものを信じる力がすごいということ。本当にそれぞれの子どもが持って生まれた個性って、それぞれ違うと思います。私にはそこまで個性的なものはないと思うもの。すごいと思います。

——お二人ともそれぞれ才能を持っていらっしゃると思いますが、そういうお話を聞くとなんだかほっとします。子どもの個性はもう親がどうこうしてどうなるものでもないんだな、ってことに。

比佐さんーーそうですね。もっと大きくなってからは、もっと娘たちのことは放任でした。学校や進路のことは、全部事後報告でしたしね。

川内さんーー私も高校ぐらいで人並みに反抗期になって、パーマをかけたりしてしょっちゅう先生に怒られたし、家に電話された時もあったけど、あの時も、お母さんなんて言ったんだっけ? 
 

比佐さんーーああ、あれね。呼び出されたのよ。先生がカンカンに怒って文句を言うものだから、「お言葉を返すようですけど、娘はうちの宝ですから」って言ったら黙っちゃって。
 
——わぁ、すごい(笑)。頼もしいです。
 
川内さんーーとにかく、先生もあきれちゃって、この親にしてこの子ありだって結論になりましたって言われたのを覚えます(笑)。そう言われたら先生言い返せないものね。
 
比佐さんーー今のお母さんたちも、何かあればそういうふうに言うといいですよ。そりゃあ、いろいろ心配もしたけれど、二人とも、自分が食べられるくらいは自立する術を身につけてくれたらそれでいいと思っていたの。それなりにみんな自分の道を見つけるんですよ。私もこの子がアメリカに留学して国連に就職したり、作家になるなんて思ってもなかったけれど、自分でいい選択をしてきたものね。サチコだって、ま、ちょっと育てにくいな、なんて思っていたけれど、立派な大人になれたもの。
うちは、夫がサチコを本当に可愛い可愛いと言って育ててくれたのもよかったですね。

川内さんーーそう! 父はサチコを溺愛してたよね。子育てはほとんとしていなかったけど、サチコのことは「姫、姫!」って可愛がっていました。そのバランスがすごくよかったと思います。 

ーー個性を愛するってこういうことなんですね。

「ダメ!」と怒鳴るより、違う方法で向き合う方法を探す。

 

川内さんーーうちの娘は少しサチコ似かもしれない。3歳になって表現もしっかりしてきて、いろいろ考えがあるんだなぁって。すごくしっかりしているし、この間も保育園を休みたいと言って聞かなかったんです。

比佐さんーーああ……確かに、あの子はそういうところがあるかもしれないわね。私はそういう時は「あ、そう? 休みたい?」ってすぐ休ませていたわね。

川内さんーー私もそう! 仕事に余裕があったので、「じゃあ、休もうか」って休ませようとしたのだけど、夫に怒られて(笑)。もちろん、いつもそういうわけには行かないけれど、一緒に居られるのもまた貴重だなと思って。あと、私はいわゆる、「イヤイヤ期」の対応も、「ダメ!」って正面からぶつかるより、子どもに合わせた方がスムーズなこともあると感じています。最近、娘は保育園の帰りに必ず買い物に行きたいっていうのがブームなんです。急いでいても、ちょっと立ち寄って「じゃあ、ヨーグルトを買おう」と何か買わせると満足して、機嫌よく家に帰ってくれる。

比佐さんーー女の子は特にそういう時期がありますよね。大人になった気分で楽しいんでしょうね。よくね、スーパーで「これ買いたい」って大泣きしている子と、真剣に怒っているお母さんを見かけることがあるでしょう。大変だなあ、と思いながら、買ってしまえばいいのにとも思うの。私の人生にスーパーで「ダメ!」という選択肢はなかったなぁって。

——我が身を反省しつつ思うのですが、こういうやりとりは、だんだん本当に不毛な戦いになってしまうケースは多くて、お母さんも子どももとても疲弊してしまいますね。
 

川内さんーーもちろん、親として与えたくないものもありますよね。私の場合はカートに入れられたものを、こっそり棚に戻したりします。でもこの間、娘がミートソースの粉末を欲しがって、私は与えたくなかったからこっそり戻したら見つかっちゃって(笑)。仕方なく買ってせっかくだから食べたんですけど、これがすごく美味しくなかったんです。

ーただダメというのではなく、ちゃんと食べたんですね。

川内さんーーだから、「これはやっぱりおいしくないね。お母さんは好きじゃなかった。だからもう買うのはやめたいな」って言いました。そうしたら割と納得してくれたんです。私が子育てで、唯一気をつけていることがあるとしたら、ちゃんと説明するということですね。口先でごまかすのではなくて、わかっていてもわからなくてもいいから、自分の気持ちは正直に話すようにはしています。

比佐さんーーそれは大事ね。私もきちんと説明はして、その場を繕う言葉で騙さないということは守っていたかもしれない。子どもは賢くてちゃんとわかっているから。

——子どもに向き合うということは、ただぶつかるだけじゃなくて、もっとお互いに楽でいい方法もある、ということですよね。

「良いお母さん」を超えて、子どもから新しい力をもらう。

川内さんーーでも、自分が「良いお母さんか」どうか、ということは、最初の1年くらいは、正直すごく悩みましたね。赤ちゃんのお世話はこうあるべき、という情報が世の中にはいっぱいあって、それについていかないといけないんじゃないかという思いがあって。

ーー例えばどういうことですか?

川内さんーー娘は五ヶ月の時から保育園にお世話になっているんです。この待機児童問題が叫ばれている時代に、保育所に入れたことは本当にラッキーですし、ありがたかったんですが、半分保育園の先生たちに育ててもらっているようで申し訳ない気がしていました。そんな時平日の仕事の合間に公園を通りかかって、ちゃんとお弁当を作って公園で子どもと遊んでいるお母さんたちを見ると、自分の選択はこれでよかったのだろうかと落ち込んでしまうこともありました。それでも仕事も好きで続けていきたいという気持ちも強くって、そういう欲張りな自分が嫌になったり

ーー幼いうちから働くことへの罪悪感のようなもの、ですね。私もすごく感じていたし、周りでも聞きますが、川内さんもお感じになってたんですね。どうやって乗り越えたんですか?


川内さんーーやっぱり二年目を過ぎて、娘がすくすく育っているのを見ていると、「ちゃんと育つんだなぁ」って思えたんですよね。だんだんポジティブな気持ちが増えていって、適当なお母さんでも、楽しくやっていればそれで良いじゃない、という自分への諦めみたいなものが生まれていった気がします。もちろん今も、頭のどこかには「これで良いのかな」という気持ちは常にあるし、自分が「いいお母さん」になれているかはわかりません。でも、友人たちや公園のお父さんお母さんを見ていても、子どもとの遊び方や叱り方など子育ての仕方って本当に多様だな、と感じるようになって。それぞれの家庭できっとこだわりや手の抜き方ってあるんだと思うようになりました。だから、今は、すぐ自分を褒めるんです(笑)。昔は料理だってほとんどしなかったのに、今は朝はやく起きて、家族のために卵を焼いたりして、自分はなんてすごいのって。
 

ーー大事ですよね(笑)。どうしても制限はできますから、仕事も生活も思うようにはできませんが、失うものばかりでは決してないですよね。新しい世界も広がる気がします。

比佐さんーー娘を見ていて思いますが、やはり母親になって落ち着いてきましたよね。子どもが生まれるとやっぱり、「足枷」というか、飛び抜けたことはできなくなるでしょう。でも、その分、我慢や忍耐も養われているように思いますね。人との付き合い方も変わってきます。子どもを育ててみて学ぶこともたくさんありますね。

川内さんーー以前は海外含め、単身で遠くに行く取材仕事も多かったけれど、最近は逆に、ここに娘といてこそ生まれる何かを作り出そうとする気持ちが出てきたかもしれないです。家族旅行を記事として書かせてもらったり、今は家族全員でできる「DIY」に力をいれていて、家族で山梨にセルフビルドの小屋を建てています。田舎のない娘の田舎作りプロジェクトで、それも連載記事にさせてもらっています。そういうふうに、子育てが仕事につながることもあるけれど、それより何より可愛いもの! あんまり大きな声では言わないようにしているけれど、本当に可愛いくて、そのことに、毎日感動していますね。

ーー本当にそうですね。今日は育児の大切なことにたくさん気づかせてくれてありがとうございました。基本的には、「大丈夫」と思う気持ちを持ってさえすれば、育児も楽しいものになると、お二人のお話を聞いて改めて感じることができました!

川内有緒(かわうち・ありお)さん
東京都出身。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業後、アメリカ・ジョージタウン大学にて博士号を取得。アメリカのコンサルティング会社、日本のシンクタンク、フランス・パリの国連機関勤務を経て、フリーランスに。現在は東京を拠点に、面白い人や物を探して旅を続ける。『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』『バウルを探して~地球の片隅に伝わる秘密の歌~』で第33回新田次郎文学賞を受賞。https://www.ariokawauchi.com

 © 市川勝弘

新谷比佐(しんたに・ひさ)さん
恵比寿にある「gallery and shop 山小屋」店主。この街で子育てをし、以前は現在の「山小屋」がある場所で、海外からの洋服を輸入販売したり、自身で仕立て屋を営んでいた。次女の佐知子さんとともに、ギャラリーを立ち上げ、国内外のアーティストたちとコラボレーションし、様々な作品の展示会を行う。

プロフィール写真提供川内さん © 市川勝弘